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平尾誠二が激やせしていたのは病気と闘っていた [スポーツ選手]

ラグビー日本代表の司令塔として活躍し、元日本代表監督も務めた平尾誠二(ひらお せいじ) さんが亡くなられたという事で、亡くなる前には激やせしていたようで、病気が心配されていました。

53歳という若さなのでまだまだ日本のラグビー界や日本を支えてひっぱれる人だったのにと思います。

頬がこけるという感じで激やせしているのが目に見えてわかる写真もお見かけしましたので、闘病されていたのだと思いますが、家族やお医者さん関係者以外の理由をしらない周りの人はとても心配されていたと思います。

平尾誠二さんは神戸製鋼のラグビーチームのゼネラルマネジャー(GM)でしたが、亡くなられた理由は非公表とのことです。遺族の意向という事で今後も病名などは正式には公表されないと思われます。

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癌(がん)との闘病


平尾誠二さんが亡くなられた理由は公表されず、所属していた神戸製鋼と遺族の間でも連絡が取れていない時期もあったようで、「遺族の意向もある」とのコメントが出されていました。

ただ、元ラグビー日本代表SOの松尾雄治氏のコメントがネットニュースで報道されており、「膵臓(すいぞう)がんだったと聞いていた。昨年暮れに最後に会ったときは元気だったのに残念です」というコメントが出ています。

という事で平尾誠二さんが闘病されていた病気の病名は癌(がん)だったという事です。


身体の部位としては膵臓(すいぞう)がんという事です。


膵臓(すいぞう)がんについて少しだけ調べてみました。

そもそも日本人の40歳から89歳までの年齢別での死因は厚生労働省「平成22年人口動態統計」をみると悪性新生物という事で癌(がん)です。

そして膵臓(すいぞう)がんについても少しだけ調べてみましたが、最も診断や治療が難しいがんとして知られていて早期発見が困難のようです。

膵臓(すいぞう)がんになる人は40歳を超えた頃から増えてきて、発症する平均年齢は60歳代のようです。

平尾誠二さんの伏見工高(伏見工業高等学校)時代の同期である高崎利明氏が「去年の10月に電話で病気のことは聞いていました。その時、余命3か月と聞いていた。1年たって、もしかしたら奇跡が起きてくれるかもしれないと思ってましたが・・・。残念です」とのコメントが報道されています。


2015年10月に癌(がん)が見つかっていて、その時点で余命3か月だったんですね。


平尾誠二さんは癌(がん)を世間に公表する事はなかったようですが、どういった意志をもたれていたんでしょうね。

⇒ 闘病を病気の病名を公表しなかった理由


スクールウォーズ


かなり昔にスクールウォーズというドラマがあったわけですが、このドラマのモデルとなったのが平尾誠二さんの母校である伏見工高だったんですね。

ドラマの正式名称は「スクール☆ウォーズ~泣き虫先生の7年戦争~」です。

スクールウォーズを見ていた人もラグビーに詳しくなかった人はもしかすると知らなかったかもしれませんね。僕自身は名前だけ知っているドラマでした。

スクールウォーズが制作された流れとしては平尾誠二さんの恩師が伏見工高(現京都工学院)の山口良治総監督である、山口良治さんをモデルとして、作家・馬場信浩氏が執筆したフイクション「落ちこぼれ軍団の奇跡」がありました。

平尾誠二さんは学生当時に特待生で名門花園高への入学が決まりかけていたところを、山口良治さんの夢に共感して、当時はワルの集まりといわれていた伏見工高に入学しています。


そして高校3年生の時についにラグビーで全国制覇を果たしたのです。


スクールウォーズは大映テレビが制作しているのですが、これは山口良治さんの講演会をたまたまテレビで観た大映テレビ取締役でプロデューサーでもある春日千春さんが、社会現象となるほど荒れてすさんだ学校の現状を根絶しようとして作ったドラマです。

こんな流れで制作されたのがスクールウォーズのドラマにであったとは当時は知る由もなかったです。

ミスターラグビーと呼ばれた平尾誠二さんのご冥福をお祈りします。


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